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2017.10.10     カテゴリ: 奈良帰省日記 >  奈良帰省日記2017③ 

   《奈良帰省日記2017③》 (12) 当麻寺(たいまでら)から二上山(にじょうざん)を登る①

《奈良帰省日記2017③》 (12) 当麻寺から二上山を登る① (2017.10.8)

高取山で二上山(にじょうざん)を見て久しぶりに登ってみようかな・・と言うことで二上山へ。
登山口へのルートはと・・・近鉄当麻寺(たいまでら)駅で降りて当麻寺へ、そこから二上山に登るルートにしました。雄岳(517m)と雌岳(474m)の双峰なので下山ルートは登った次第で、と言うことで出発です。

家を出るときから感じていたのですが当麻寺の駅を出て歩き始めるとなんか身体がだるい。あまり体調がよくないようです。まあ、今日は無理をせず、行けるところまででいいか・・・
当麻寺から二上山へのルートは初めてですがなかなかいいですね。何十年ぶりかで当麻寺に立ち寄ることもできましたし。駅は標高80mぐらいですので雄岳までは430mあまりの標高差。当麻寺に近くなってくると少しずつ上っています。


当麻寺(たいまでら)

当麻寺 後ろには二上山が控えます
当麻寺は用明天皇の皇子が612年、万法蔵院を建立したのが始まりとされていて当麻寺としての創建は681年のようです。

私が訪れたのはまだ学生の頃だったと思います。ですので何十年ぶりなんでしょうかね。塔巡礼の一環ですね。
東西双塔があるのですが形は違います。今、西塔が修理中のようです。共に国宝。




傘堂
当麻寺を出ると傘堂という珍しい建築があります。柱一本で瓦屋根を支えています。どうやら柱を地下に60cmほど押し込んでいるようです。
北側軒下には梵鐘がつり下げられていたとか。江戸時代の建造。
それにしても木材と言うのは強いですね。まあ、もともとは枝や葉っぱをあんなに高く持ち上げていたのですが・・




二上山(にじょうざん)へ
さて少し観光巡りをしたあと、登山道へ。迷うことはありません。木立で光の届かない山道ですが道なりに登っていけばよろしい。

雌岳山頂へ
視界のとおる第一の場所へ出ます。ここからまずは雌岳へ。ところがやっぱり身体がだるい。でもここまで来たら雄岳か雌岳に登らないと・・と言うことで無理をせずに。雌岳の頂上へは折り返しながら階段が続きます。初めて座り込んで休憩を取りながら進みました。普段は山頂に着くまでは座らないのですがしょうがないですね。15分あまり登って雌岳山頂へ。

雄岳山頂は狭いし展望もありませんが雌岳山頂は広く、展望がよいのでくつろげる場所。山頂の東は奈良県、西側は木立に遮られるところが多いですが大阪府が見渡せます。
ここは奈良県と大阪府の府県境、奈良県の案内と大阪府の案内が乱れてます。あとダイトレもあるし。

山頂でなにやら救助隊が駆けつけてきました。よく見るとベンチの上で人が仰向けに。治療が始まり点滴も・・心筋梗塞とか言う声が聞こえます。
私も体調が万全ではないので無理せず帰ろかな・・

ということで十分くつろいだあと下山のため「馬ノ背」へ。雄岳、雌岳の双山なのでその間の部分、鞍部です。と・・・「雄岳山頂0.6km」の案内板に誘われて雄岳も行くことに決断しました。やっぱり二上山に登ったら雄岳山頂の大津皇子のお墓にお参りしとかないとね。誘惑に弱いです。

雄岳にはこのようなトレールを10分ほど歩けば到着。昔は(数十年前)整備されていなくてむき出しの石ころ道とか崖のような道を滑りながら歩いたのですが楽になりました。

雄岳山頂では大津皇子の墓に参ってから下山。
50分たらずで二上神社、さらに10分あまりで近鉄二上神社口駅。そして帰宅。

体長不全でちょっと疲れましたがやっぱり山歩きはいいものです。


帰りの近鉄電車から見た二上山。雌岳と雄岳。









相撲の発祥地
ところで当麻あたりは相撲の発祥地と言われていて当麻(葛城市)や桜井、香芝市が主張しています。日本書紀に書かれているようです。

左ののぼり旗は裏返しになってますが「相撲発祥の地」と書かれています。隣は「相撲館」になっていました。

 



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