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2007.05.01     カテゴリ:  香港在住日記1996-1998 

   香港初在住日記(84) 中国工場へ - 感情が爆発 (1997.4.2)

【84】  1997年4月2日(水)  中国工場へ - 感情が爆発

今日は中国へ。最悪の日。

イミグレでは最近は見たことがないほどの人の列。昨日も同じだったとか。はじめからつまずく。

工場ではカスタマーからあまりにいろいろ細々したことを言われすぎて心の中でついに爆発。彼らは口先ばかりで何がそして誰が原因かを考えることをしないのだろうか・・

外でたばこを吸いながらぼーっとしていて会長さんに声をかけられてしまった。「何か悩みでもあるのかね」無理矢理作り笑いをする。

夕食は食べる気がせず抜いた。この会社を辞めたいが、辞めると目的が途中で終わってしまうような気がして・・カスタマーに右往左往させられただけで終わっただけの印象になってしまうし、言葉も覚えていない。何か身に付いてからでないとあとで後悔するかも知れない。どうしたものか・・・

ゲストハウスの管理人が前の小姐になっていた。久しぶりだ。僕の顔を見てにっこりしてくれたのが慰めか。

香港初在住日記を書くために日記を読み返していると、自分の激しい感情に時々びっくりしてしまいます。今もやっぱり残っているのでしょうけどだいぶ穏やかになったと思います。
ただ怒りは、その方面での自分の解決能力がない証左であるという気持ちは今もありますから、腹立った時、愚痴る時は自分にどんな能力がないか、どう鍛えるかを発見するチャンスでもあるのです。自覚してがんばりたいものです。
2007年5月1日 メーデー

メーデーの今日、龍崗へ行きました。客家民俗博物館へ行くためです。客家は少数民族ではなく漢族の1つグループとのことで鄧小平も客家。あさって記事を書くつもりですが、深圳には300万人の客家がいてそのほとんどが龍崗地区に住んでいるとのことで好奇心で観察に行きました。

客家人がたくさんいた会社で働いたこともありますが、まだ自分自身の頭の中で客家のイメージができてませんのでしばらく集中的に感じてみるのもいいかな。
客家のイメージとしては書物やネット検索でいろいろ書かれていますが・・






2007.05.02     カテゴリ:  香港在住日記1996-1998 

   香港初在住日記(85) 中国工場 寮のボヤ (1997.4.3)

【85】  1997年4月3日(木)  中国工場 寮のボヤ

今日も昨日に続いて散々。

開発部の中国人寮生から、昨日寮でぼやがあったと聞かされる。
火が出ているのを保安が見つけ窓ガラスを割って火を消したらしい。したがって会社にも報告されている。これで2度目だという事だ。僕はいろいろな人の情報を聞くとどうしても内部の 人に原因があるように思える。

以前日本人H氏から聞かされていたのは、寮生は管理人を入れず自分たちで管理する、と言うことで話が付いていると言うことだった。で、彼はボヤも彼ら自身の問題だという。
僕は中国のほかの工場で普通にやっているように管理人をつけて寮の規則を定めなければならないだろうなと、軽く考えていたところ、H氏の話はかなり大事のようだ。

でも彼は前向きではなかった。彼は以前に少し漏らしていたが面倒なのだそうだ。人には向き不向きがあるが彼にとっては不向きな問題なのだろう。
だが夕食後に再び全員を集めて2時間半にわたる会議を見てもなんか同じ事の繰り返しでなんかうじうじしてるように見える。時間が長すぎるし彼もムキになっている。

僕にはうんざり、じれったい。上から下への通達で十分だろうと思うのに。

生活習慣の全く違う中国で日本人がこういう事にまで首をつっこんでも無理と言うことなのでしょうかね。
ただ日本人は自分のやり方(日本式かな?)でやりたがる場合が多いようです。中国式はわからないのであえて無視をして・・・
でも国民性に合わないやり方をしても感情の衝突でうまくいかないような気がします。政治も同じでやっぱり対象となる人々の多くの支持がないやり方はどんなに「いい方策」であっても実行は無理かも知れません。
会議の長いのも疲労するだけですからね。

ただこういう習慣の違いを繰り返していく内に一部の日本人のように言葉汚く中国をののしるようになってしまうのかも知れません。相性が悪いだけなのに・・・
向き不向きは誰にでもあるので、不向きの問題は向きの人に任せてしまえばいいと思うのですけど・・

2007.05.03     カテゴリ:  美術館 / 博物館 

   龍崗区 客家民俗博物館 (1)


龍崗区 客家民俗博物館 (1)
2007年 05月 03日

中国の小平、台湾の李登輝などいずれも客家人です。客家という名前はずっと以前から知っていたような気がするのですが、意識しだしたのは小平の新書本を読んだ時からです。
香港に来る前か、来てすぐの頃か定かではないのですが、予備知識として小平のことを書いた新書本で彼が客家人と知ったからです。

ところで客家と言うのは民族ではなく、中国人主流派の漢族の一集団ということです。元々、華北に住んでいた集団が南下して広東省、福建省などに住むようになったといわれる人たちで、 彼らは独特の住居、囲屋というものを作って集団で生活していました。


円形の囲屋
囲屋は外面を防御用にしていて、日本でいうなら堀はないですが、環濠集落でしょうか。私のふるさとの近くに環濠集落遺跡があるので何となくそんな気がしました。
現代の深圳では団地全体を塀で囲い、一般人の出入りをチェックしていますが、これの原型でしょうか・・・
(写真の円形の囲屋はウィキペディアから転載しました)

海外に出ている中国人を全部華僑と思いがちですが、国籍が中国にある人だけを華僑と呼び、住んでいる国に帰化している人は華人と呼ぶそうです。世界に出ている華僑は客家が多いとか。

更に現在深圳には300万人の客家人がいてその大部分が龍崗地区に住んでいるとのこと。深圳が経済特区になった1979年頃は30万人だったといいますから、当時の10倍になったということ。 でこれは外来の客家も多いと思われます。

で、この博物館、龍崗にあるのも納得できるわけです。




博物館となっている囲屋












それでは中へ




まずは信仰から






外壁部分を内側から










客家民俗博物館 (2)へつづく (日曜日)

2007.05.04     カテゴリ:  深圳内装日記2004-2005 

   中国深圳初内装日記(84) 楽安居へ (2005.4.20)


【84】  2005年4月20日  楽安居へ
楽安居へ。

まずシステムキッチンの購買を予定している「G-Load」へ行きガス管の変更について意見を聞く。
配管されている位置が高すぎでシステムキッチンの台面(キッチンカウンター)の上からガス管がはみ出すので見苦しいため、低くしたい。
下げるなら床から55cmの高さがよいとのこと。しかしガス会社が台面の下になるのを快く思わないだろうとも言った。


(写真。キッチンシンクには蛇口などは付いていませんので別途購入する必要があります。
蛇口の横の写真はキッチンシンクに取り付ける洗剤のディスペンサー)

蛇口やキッチンシンクなどをこの前僕が買ったところから受け取ったと報告がある。これにあわせて台面を加工してくれる。

(写真は角阀のいろいろ)



照明を見る。ここもけっこう充実している。近いこともあるし、ここで揃えてもよさそうだ。
角阀(jiaofa)(水栓)を買う。銅ムクらしい。12個250元。
湯船を見るがなかなか決定できず。

香蜜山に行くが誰もいない。色塗りの部分は増えていたがこんなものかどうかは分からない。

8,800歩

2007年の今年も5月の黄金周、深圳も観光客が多そうな感じ。
深圳の東、経済特区の東境にある大梅沙に砂浜の海水浴場がありますがここもいっぱい。



普段は・・・


2007.05.05     カテゴリ:  深圳内装日記2004-2005 

   中国深圳初内装日記(85) 内装工事の段取り (2005.4.21)


【85】  2005年4月21日  内装工事の段取り
マンションを探し始めた去年と同じ時期になってきたが、深圳は相変わらず空気が朦朧としていて見通しがよくない。今日はとくに悪い。去年はまだよかった気がする。ある中国人が言っていたようにこれは潮湿なのか、それともスモッグなのか?

朝、元設計士からメール。昨日連絡しなかったことを気にしていた。あと、大理石屋が僕を捜しているとのこと。返事を出す。
皇崗からまずバス362路で世紀中心の電気屋さんへ。不足していたコンセントとスイッチを引き取る。
お金を払っていない物があるので..と言う。全部払い終わっているはずなので確認を求める。相手の言動にうそはないようだが、不安感を感じる。

バス103B路で百安居へ。主衛生間用の按摩湯船を決定する。「英皇」と言うメーカーの物。6940元。
あと、不足しているタイルの購入。明日の5時以降の引き取りになるとの事。

大理石屋に電話。すでにできあがって安装の指示を待っているとのこと。日曜日あたりの安装を考える。
歩いて車公廟の招商銀行へ行って残っている香港ドルを全部人民元に換える。レートは105.96、合計88,000元となった。香港の小切手を使えるか聞いてみる。使えないらしい。


香蜜山に行くと珍しく項目経理が来ていた。大理石の安装時期を打ち合わせ、日曜日となる。あと、大理石の玄関の床と木地板(フローリング)の段差を少なくするために9mm板を18mmに変更するようにと言うことと、腰線を10cmとするように指示される。いやに積極的だ。この前の家賃の件の効果か...

フローリング工事にはまず防湿紙(厚さ1mm)を敷き、さらに厚さ9mmの基礎板をすのこ状に敷きます。その上に厚さ18mmのムクのフローリングを固定していきます。合計するとフローリングの厚さは28mmとなります。大理石は基礎をコンクリートで作りその上に大理石を固定しますので厚さは35mmになるとのこと。で計算上7mmの段差ができるので高さ調整するために9mm板を18mm板にしろと言うことでした。実際には12mm板を使いました。



項目経理が帰ったあと水電工がやってきた。彼は信頼できると思っている。書斎の机の横にコンセントの追加、リア・スピーカー線の埋め込み配管を設置する件を打ち合わせ、さらに熱水器(給湯器)のリモコン用の配管を相談する。
あと、照明の打ち合わせ。筒灯(ダウンライト)は最高高さ10cmだという。ちょっと買うのが面倒だ。もう少し高さがあれば選択肢は多くなるのに。気に入ったものには12cm程度のものが多かった。ま、基本は電気代を安くするという考えでいきたい。(蛍光灯タイプの電球を取り付けられるもの。射灯というスポットライトがあるがこれは電球のため電気代がかかるだろうから基本の選択からは外す)

彼は洗濯機部分の地漏(排水目皿)を見て買い間違えているという。洗濯機のホースを真ん中に通してその回りに排水用の隙間のある地漏があるという(写真の真ん中のもの)。あと熱水器部分の配管でタイルをはがしたので新しいタイルを管理所で買っておいて欲しいとのこと。


元設計士に電話。彼女は日曜日は授業があって大理石の工事につきあえないと言う。名雕の設計者に同行してもらえるよう頼むが彼も日曜日は具合が悪いというので月曜日の安装に変更しようということにする。あとで項目経理に電話して月曜日の安装を連絡。何で僕がこんな段取りを...


楽安居に行くためにバスを探すが、やっぱり香蜜山からはバスがなさそうだ。あきらめてタクシーに乗る。
まず、木地板(フローリング)の店に行き、項目経理の内容を伝え、項目経理に電話して当人同士で話し合ってもらうことにした。もう一度確認して明日また項目経理と打ち合わせる、と木地板屋の小姐が言う。

1階へ行って公衛生間用のバスタブを買う。この前元設計士と見たあの緑色の物。白色のを安装してもらうよう頼む。5日必要という。1080元、500元の定金を入れる。安物だが、普段は按摩湯船を使うのだし、気に入らなければ簡単に買い換えることができるようなので決めた。
水電工に言われていた洗濯機用の地漏を探す。いいのがあった。アメリカのらしい。高い、55元までしか下がらない。彼らは元値は106元だと強調する。お粗末なものなら25元であるが.55元で買う。数を買えば50元にするという。他の地漏も変更することを考える。明日また来れば50元にしてくれるだろう。

疲れた、26路のバスがすぐにやってきた。

16,100歩

2007.05.06     カテゴリ:  美術館 / 博物館 

   龍崗区 客家民俗博物館 (2)


龍崗・客家民俗博物館 (2)
2007年 05月 06日

龍崗は2009年に全長33kmの地下鉄3号線(と言っても26kmが高架線)が開通する見込みですが、今は深圳福田区からですと高速道路を乗り継いでバスで行きます。
 → 深圳の地図  「龙岗」が龍崗の簡体字です。

博物館へは、いろいろ調べてみて地図では確認できたのですが、行き方がはっきりしないのでとにかくバスで龍崗へ行きました。大まかにねらいをつけた停留所で降りて地図と照らし合わせてみたのですがほとんど役に立たず、結局バイクタクシーを利用。でもバイクタクシーでも半分くらいは場所を知らないと言う・・・


はあ、どんなところなのだ・・ちと不安。
知っている運ちゃんでも、博物館までは遠いので10元だという。そんなはずはないだろうと思い、値切り交渉をしてみましたが、全く聞く耳持たず状態で、何台目かのバイクで仕方なく受けることにしました。
だって、高速道路も走りながら1時間以上かかったバスの料金が10元、数キロ程度の距離のバイクタクシーが10元と言うのは受け入れがたいのです。緑のタクシーなら初乗り7元のはずだし・・
緑タクシーもなかなか来ないので、まあ道案内料として割り切りました。

最大級の囲屋と言うことですが、面積が限られているので中へ入っていくとやっぱり狭いです。日本でも戦国時代に商人の街として自衛をしていた今井町なども同じように。
守りに便利なのでしょうか・・

実際に見ていくと守りを第一に考えて生活性を犠牲にしているようなところも感じます。外敵の攻撃が激しかったのでしょうか・・
近代では日本軍とも戦って焼き討ちにあったと書いてありました。







壁から突き出ているのは「とい」のようです。壁には雨だれのあとのような黒いシミ。
してみると、香港の古い建物が汚いのはやっぱりカビやこけでしょうね。
やっぱり導管で水を下まで導くようにしないとだめかな・・・ 汚い




















客家民俗博物館(3)へつづく

2007.05.07     カテゴリ:  美術館 / 博物館 

   龍崗区 客家民俗博物館 (3)


龍崗・客家民俗博物館 (3)
2007年 05月 07日

長屋のようになった住居の中を見てみますと、1階にはキッチン(かまど)とトイレ、その奥に小さな暗い部屋があります。ダイニングかな・
2階はベッドルームのようです。
でも・・暗く狭いですね。ここに住むことを想像してみると気分が陰気になってしまうような感じ。まあ、誰も住んでいませんので廃屋みたいになってるので住むイメージをするのが難しいだけかも知れません。


でもあちこち苔とカビだらけ・・湿気やすい構造だと思いました。うーーん。
排水の便宜のためでしょうが玄関口にキッチンとトイレ。おそらく排水路は玄関前の溝の地下かな?



住居の入り口にはいるとまず「厨房」、かまど。




その反対側にはトイレ


1階奥にダイニングらしき暗く狭い部屋があって2階にはベッドルームか・・・













農具もありました。見てほんとうにびっくり。奈良県立大和民俗博物館にある農具とうり二つ。
使ったことはありませんが、おかげで何に使うものかすぐわかりました。

これは稲穂から籾を取る器械ですね。取っ手を回すと中の「針金群」が回転、籾を取ります


もみがらと米に分離する器械。取っ手を回して風を起こすと軽いもみがらは遠い方に落ちます
大和民俗博物館のものは・・・  唐箕 




これはサトウキビをしぼるもののようです。木の突起は歯車



番犬を飼うのも、犬を食べるのも好きだったと書かれています







それにしてもここには今まで見たありとあらゆる「タクシー」が揃っていました。バイクタクシー、力車、自転車タクシー、三輪タクシー・・・ もっとあるのでしょうか・・

写真上は三輪タクシーとバイクタクシー。
下は自転車タクシー、荷台に背もたれを付けています。




そしてこれが緑の正当派タクシー。ただし特区内は走れません。特区外専用。

隣の自転車は・・・
おっと、タクシーではありませんね。
がんばって!



初めて龍崗を訪れた時の印象は清潔感でした。調べてみるとあるwebの旅行記にも別の客家村での印象を清潔としてありました。
でもこの博物館背後の住宅地のすさまじいこと。道を歩けばマンションの上の階の窓からバナナの皮やらが降ってくるし、おかげで道はゴミだらけ。一昔前の中国の悪い部分の印象がそのまま残っていました。
途中の住宅街はほんとに清潔的なのにショックでした。
写真は博物館裏にあたるところ。


でも対照的に地下鉄3号線の駅ができるところでは豪華なマンション建設が・・・
好奇心で久しぶりにモデルルームを見学。
値段はもうすぐ決定するとのことですが1万元/㎡ぐらいになるとか・・・
ちょっと前なら数千元だったのに・・



客家民俗博物館 終わり

2007.05.08     カテゴリ:  香港在住日記1996-1998 

   香港初在住日記(86) 国際機確認証ISO9000 (1997.4.4)

【86】  1997年4月4日(金)  国際機確認証ISO9000

今日は会社の日本人が多く東莞工場にやってくる。ISO9000の勉強会が行われる。
ISO9000に関して僕は全く知らないのでどういうものか興味がある。
午前中、PE(生産技術)がやってくる。また問題か・・・

午後2時、ISO勉強会が始まる。これからの2時間の概要が説明される。

ISO規格は日本の工業化が進み輸出が急上昇した時に欧米で輸入規制の方法として作成されたものが統一されたという説明。いきなりうんざりする。
そう言う話は昔よく聞いた。
アメリカの安全規格にしても何の規格にしても日本からの輸入増加を防ぐ口実だと・・・自由貿易の建前、自国の方が進んでいるとのプライドがあり、関税などはとれないので規格を厳しくするのだと。でもそのためによけい事態を悪くしているような気もするが・・・

勉強会は全体を通して聞いてもそんなに興味を引く部分がなかった。
そんな気持ちとは裏腹に4時からは場所を変えて勉強会続行。ここで営業の人たちは帰った。
予定の時間を切りつめながらどんどん進む。「講師」も早く終わりたいのだろうか。結局予定より1章よけいに進んだ上、夜10時までの予定が9時に終わった。明日が楽になる。

最近よく耳にする言葉です。ISOは国際標準化機構といい国際規格を設定しています。ただし、欧米的な考え方、価値観に基づいているような感じがあります。

ISO9000シリーズはJIS規格みたいなものですが、工場の品質マネジメント規格で、製造や作業工程のばらつきをなくして品質を上げようとするものです。
工場の申請にしたがってISOが審査して許可を与えますが、許可後も継続的に審査があり不具合があればすぐに打ち切りとなります。
品質管理は日本が得意とする分野で常にトップを走っている感じがしますし、香港でもはっきり認識されています。
中国工場ではISO9000シリーズを取得することでカスタマーに安心感を与えようというわけです。

2006年8月に発表された2005年末データでは、ISO9001の世界登録は 78万件弱件あり、中国がトップで14万件の登録があり、2位にイタリアの9万8000件、日本の5万4000件と続きます。
2007.05.07

建設中だった道路隣のマンション、覆いがとれてきました。けっこういいデザイン (2007.05.07)



ところで中国のビザが切れて2日になるのを昨日発見、急いで香港へ出かけました。
イミグレでは運良く注意だけですみましたが、気をつけなければ・・

2007.05.09     カテゴリ:  香港在住日記1996-1998 

   香港初在住日記(87) 雨の日のロマン AUDIX - 不要輻射試験 (1997.4.10)

【87】 1997年4月10日(木) 雨の日のロマン AUDIX-不要輻射試験

朝、中国東莞工場から深圳へ。深圳特区内にあるAUDIXのサイトで不要輻射試験のため。この東莞工場へ来て初めて外部へ仕事に出かける。

朝から雨。9時過ぎに会社の車で出発。車窓から初めて風景を眺めてみようと思った。雨のせいだろうか。
こうしてじっと見つめていると情緒があるような気分になってきた。けっこう緑もあるし雨で潤って見える。小さな旅行をする気分だ。日本とは雰囲気が少し違うが何かロマンチックな気分。
雨はいやだと思う気持ちの反面、何か落ち着きを与えてくれるのかも知れない。


途中テーマパーク・ミニチャイナ(锦绣中华)の前を通る。久しぶりだった。付近はかなり建物も増え、道(深南路)もきれいになっていた。
(写真:2000年にミニチャイナから撮影)

10時15分ごろ、AUDIXに到着。自動測定でいいのだが日本にいる頃に使っていた生駒サイトに比べて非常に小さい。中もそんなにきれいでない。少し当てがはずれた。一通り測定する。
食事をAUDIX内の食堂でとったあと、タクシーでプリント基板屋さんへ。近くかと思ったら特区を抜けてどんどん進む。この道もこれまた僕にとっては懐かしさのあるような道、なかなかいい。
工場は昔の小学校を思わせるような木造だ。応接室で話をする。香港人の相方、いつも感じることだが中国人の前では胸をはって格好をつける。

午後5時頃工場に帰る。すぐ生産で問題があったと聞かされる。


少しの雨は気分次第でロマンチックになる時があります。

私は日本にいる頃はひとり旅が好きで年に数度、計画無しのひとり旅をしていました。雨のひとり旅もあるわけで、そのころに気分の換え方を身につけていたのかも知れません。でも土砂降りは、遠くで眺めるのならともかく、気分の換えようがありませんが・・・
(写真:深圳、雨のバス停)

日記を読んでいて思い出しました。初めて中国(深圳、東莞)に出張ベースで来ていた頃は木の生えている山は少なくて多くは赤茶けた土がむき出しでした。日本の風景は木が生い茂り全体に丸く穏やかな落ち着いた気分になりますが、土がむき出しだと風景の角が鋭く見ていると日本とは対照的に身構えてしまいます。景色が挑戦してくるような気になってしまうのです。
でもこの日記の1997年頃には植樹も進んでいました。今とは全く違いますが、東莞工場で勤務していて赤茶色の風景に慣れた目からは深圳の緑が美しかったのでしょう。



昨日に引き続き堅い話ですが・・
不要輻射というのは装置から出るよけいな電波の放出です。これが多いとCDとかラジオとかを使用した時にテレビの画面に妨害を出したりしますし、飛行機で使ったりすると飛行機に誤動作を起こさせる可能性も出てきますのでそれぞれの国で許容値を規制されています。
電源の漏電、感電などの安全対策とともに重要な対策です。
(写真:AUDIXでの対策風景)

2007.05.10     カテゴリ:  深圳・香港 マンション 

   深圳 マンション建設今昔


深圳マンション建設今昔(1) 福田区
2007年 05月 10日

深圳もマンション建設は急激で新しいマンションの建設が早いだけでなく、古いマンションがあるかと思えば明日には取り壊されてなくなっていたりします。

2011年のユニバーシアード深圳開催が決定して地下鉄や新深圳の建設も急ピッチになるようなニュースが連日報道されています。ユニバーシアードのメイン会場が龍崗地区とのことで地下鉄3号線と延伸線はまず予定通り進むことでしょう。

私のマンションの西側でも新しいマンションの建設がおこなわれていますが、写真で変化を見てみましょう・・・


2004年11月


2006年3月、古い小さな団地と小さな工場は立ち退きで取り壊し


2007年4月 背後の山がセメント採取のため小さくなっています。


そして2008年12月



深圳マンション建設今昔(2) 南山区 龍珠大道
2007年 05月 13日


ここ数年の深圳の変化は目を見はるばかりです。
2004年の5月にマンション探しを始めた時には深圳新都心では新しい市庁舎、市民中心は工事中、付近はまだ赤土ばかりでした。


「新世界中心博客」より

(20年前からの深圳の歩みをつづった写真集です)
もう一つ
曾经的十里长街 看深南大道的前世今生


そしてこの新都心から西へバスで30分ぐらい、7km程度のところにある南山区に入ったばかりの龍珠大道。ここは当時、道路は薄汚れた感じの田舎道、街路樹も少し汚れた感じの普通の中国らしい深圳の田舎というような印象でした。
ただ背後にはほどよい高さの山があり、何となく山の田舎気分を持たせてくれるところで、マンション探しの時、路線バスで初めてここを通った時に目立たないながらも印象深く密かに購入地候補にしていました。

2004年当時、住宅もあまりなくて「城市假日」と言う名前のマンション建設工事が始まっていた程度の閑散としたのどかなところでした。結局ここを選ばなかったのですが、その後、異常な勢いでマンション建設がおこなわれて一帯はマンションだらけになりました。高級な印象はないのですが庶民的な街並みで雰囲気も良好、バスもひっきりなしに通るようになりましたし、商店も充実、急速に生活が便利になりました。更に建設が続いています。

ここから少し東、新都心に近づくと当時1平方メートルあたり7000元以上していたのに、ここらあたりでは5000元を切っていました。それも注目点でした。それから3年もたっていないのに今では1万元です。



2004年9月


2007年5月 同じ場所で


横から・・・




不動産屋はすぐにできますね・・・



2004年9月



2007年5月 同じ場所




付近の様子。 以下、ほとんど新築です。








そして2008年9月、龍珠大道北にそびえる塘朗山から香港の山をバックに



深圳マンション建設今昔(3) 羅湖区 蓮塘
2007年 05月 14日

仙湖植物園 の麓にある蓮塘のマンション。
仕事で深圳に出てきた時は羅湖の東部へ行くことはありませんでしたので、この地区へはマンション探しの時に初めて行きました。
やまあいに現れた景色が雄大に見えて印象のあったところです。香港人に蓮塘がいいと言うと「でもその地区は治安が良くないと聞いている」と言っていましたがそんな風にも思えませんでした。

2004年7月



そしてこういうところに歴史のありそうな別墅区(別荘区。日本語の別荘と言うより戸建ちの家かな)がありました。建築年代も古そうです。 2004年7月



2004年7月


2007年4月 同じ場所






だらだらと上がっていく坂道はけっこう歩きごたえがあります。毎日こんな坂道を歩いていたらけっこう疲れそうですね。

道の両側に止まっている車はおそらく白タク。
スーパーの送迎バスも走っていましたが、路線バスもない様子で買い物に行くのにこの坂はエラい、それを見込んだ白タクでしょう。私のマンションでも白タクが待機しているのを見ますがこれほどの数はいません。






深圳マンション建設今昔(4) 塩田区 沙頭角
2007年 06月 21日

香港との境界で一番東にあるイミグレ、梧桐山の街、沙頭角。
ここもマンション探しのときに知った街。2004年当時から比べるとここも都市化が進んできれいになりました。


2004年8月 梧桐山森林公園入口付近



2004年8月



2007年6月同じ場所
緑も増えて景色が大きく変わりました。新しいマンションも建設中



2007年6月
上のマンションの反対側から梧桐山をバックに・・






山の向こうは羅湖。梧桐山トンネル(2300m)を出たすぐの沙頭角




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