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2006.11.01     カテゴリ:  香港在住日記1996-1998 

   香港初在住日記(35) 新年カード (1996.12.1)

【35】  1996年12月1日(日)  クリスマスカードを買う

日曜日だが2時出社。昨日の小火のあとを見る。思ってた以上に床がすすで真っ黒。明日は掃除が必要。出張用のハンドキャリー資料を揃えて3時退社。

クリスマスカードを40枚ほど買う。100ドルあまり。カードの安いのがいい。高いものもあるが日本で買うよりはるかに安い。郵便料金も安いので金銭的には余裕ができる。


香港に来て初めての正月を迎える準備です。
送別会とかやってくれた人たちへの年賀状としてのカード。3ドル弱、2ドル50(40円)というあたりが中心的な価格です。
郵便代が日本まで20g、たしか3香港ドル弱(50円程度)だったのでけっこう安く上がります。


いろいろなカード。さすがに赤色中心


マンションもクリスマスと新年のデコレーションに


エントランスのガラス壁




エレベーターホールのサンタ

2006.11.03     カテゴリ:  深圳内装日記2004-2005 

   中国深圳初内装日記(34) 内装工事第2日 給湯器を買う (2005.1.10)


【34】  2005年1月10日晴  内装工事第2日 給湯器を買う
******* 内装日記 第2日 給湯器を買う *******

昼頃に香蜜山に着く。設計士も来ていた。
水電工が給湯器とあんま湯船をすぐに決める必要があるという。ガス管は台所のベランダだけにあり、それぞれの部屋には温水用と冷水用の配管だけがある。安全のため、セントラル給湯とするしかないようだ。
設計士が会社に帰ったあと、僕は上沙の百安居へ給湯器を探しに行く。リンナイ、パロマ、松下、ノーリツの日本メーカーを比べて安いのを選んだ。ノーリツの16L、2,980元。元の値段は4200元という。20Lのものは2倍の値段がしている。
楽安居も行って見てみるがあんま湯船はいいのがない。
6時過ぎ、香蜜山に戻ると水電工が残っていた。少し打ち合わせをして帰る。
途中華強北の順電へ行って見学してみるが湯船が見あたらない。
コンセントの検討用として少し買う。
9時半、香港に。香港のコンセントも検討用に買った。でもまだ先の話。

22,000歩


設計では部屋が2つ。主人部屋と多効能部屋。主人部屋はベッド部と書斎部がありその間に主人部屋専用のバス・トイレ室を配置しています。
そしてもう一つのバス・トイレ室が多効能部屋の隣にあります。

たぶん安全のため、ガス管をひけるのは台所周辺に限られているようです。
で、温水が必要なバス・トイレ室2室には台所に設置するガス給湯器から埋め込み配管で温水を送ることになります。
温度設定のできるデジタル・ガス給湯器を設置し、それぞれのバス・トイレ室にリモコンを置いて制御するようにしました。
(写真はバス・トイレ室のリモコン)

これは香港に住んでいた時のシステムで気に入ってたので..
ただ、このシステムを設計会社も工事人も知らなかったのでこちらで配管とかをどうするか調べて指示しなければなりませんでした。
ただ..台所への配管を忘れてました..で台所のベランダ部分にはむき出しの配管ができてしまいました。

あんま湯船の場合は電気を使用するので、蛇口とコンセントの位置を確定するために、機種を決めろということのようです。
あんま湯船は買うと、店からバス・トイレ室に設置可能かどうかを測定確認に来ます。

百安居








給湯器用に温水、冷水用の配管が台所から各バス・トイレ室にあらかじめ施工され、配管ルートも表示されています。




入り口ドアの保護シートが貼られました


台所の入り口。ここも広げます


コンセント用の配管埋め込み準備





2006.11.04     カテゴリ:  深圳内装日記2004-2005 

   中国深圳初内装日記(35)-1 内装工事第3日 水電費用予算 (2005.1.11) その1


【35】 - 1  2005年1月11日  内装工事第3日 水電費用予算
******* 内装日記 第3日 水電費用予算 *******

1月7日に香港から深圳の招商銀行に振り込んでおいた20万香港ドル、深圳へ行く前にインターネットで招商銀行の口座を確認する。入っている。
香港の銀行で振り込む時に人民元に両替してから招商銀行に振り込むつもりだったが、銀行側から香港ドルかUSドルでしか振り込めないと言われ香港ドルで振り込んだもの。

名雕装飾公司へ。設計士に、湯船を決定するように水電工から言われているがどこのメーカーがいいか尋ねる。彼女は今はまだ早急に決めなければならない事柄はない、ゆっくりすればいいという。工程の日程表を提出してもらうよう依頼。

近くの招商銀行で、送金を確認するがATMでは反応してくれない。ATMの使い方が分かっていないだけかな・・・入っているはずなので窓口で手続きすることにした。番号札を取って順番を待ち窓口へ。

かなりややこしい。両替出来るのは1日(1回?)につき77,000香港ドルまでらしい。USで1万ドルと言うことだろうか。従って77,000HKDを 両替することにした。100万円ちょっと。レートは1香港ドル=1.0599人民元とイミグレの近くで交換するよりいいレートで、手数料は取られていない ようだ。このレートだとHSBCで交換するよりもいい。結果的に香港ドルで送って良かった。


パスポートを提出、いくつものサインをする。責任者らしい人もやってきて彼女の許可を受けながら手続きしているように見える。彼女のカードを何度もPCに認識させている。結構たいそうな作業のようだ。RMBの流出を防ぐための対策だろうか。

最終的にもらった受け取りはHKDの引き出し票とRMBの預け入れ票、両替メモ、それに両替証明書の4枚。香港とは違い、結構面倒な反面、レートがいい。両替証明書があると言うことは再両替(人民元から香港ドルへ)可能ということだろうか。

両替をすませたあと香蜜山へ。名雕の責任者も来ていて、水電関係の見積もりを監督していた模様。見積もりは13,000元となっていた。各項目を確認してサインをする。

インターフォンが壊れているのと、ガラス窓が割れているので管理所へ行く。名雕の現場責任者も赤煉瓦の使用許可のため、行くというので一緒に。
管理所では状況を確認するために見に行くとのこと、再びXX棟に戻る。ここで問題が発生した模様。言葉に訛りが感じられ、僕には話が聞き取れないが、どうやら、壊してはならない壁を削ったようだ。
僕も中の鉄筋が見えているところがあるので気にしていたが、たぶんそれが問題なのだろうと思う。管理所サイドも助っ人が2人やってきて、名雕側とちょっ とした論争になる。管理所サイドの責任者が先に帰ったあと、名雕側の現場責任者も理由をつけて僕と一緒に財富広場にある名雕の事務所に戻る。

設計士の話によると赤煉瓦は重量がオーバーするため使用してはならないとのこと。そのため軽量のコンクリートを使用すると、厚さが大きくなるらしい。とにかく壁の材料を決定するため、明日、一緒に材料を見に行くことになった。

13,000歩

(写真と注釈は明日に続きます。)

2006.11.05     カテゴリ:  深圳内装日記2004-2005 

   中国深圳初内装日記(35)-2 内装工事第3日 水電費用予算 (2005.1.11) その2


【35】 - 2  2005年1月11日  内装工事第3日 水電費用予算
******* 内装日記 第3日 水電費用予算 その2 写真、注釈編*******

水電関係の見積もりというのは、外面、埋め込み両方の配管(電線用配管や水管)と仮配線の電線を新しいものに取り替える費用です。これはメートルあたりの単価が名雕から提示されていますのでだいたいの長さを測定して見積もりが出ます。
線材用配管単価は契約書に書かれていてたとえば (1メートルあたり)

  • 強電線路改造(交流電線部)
    埋め込み部 45元、 露出部 35元

  • 音響線(リアスピーカー線など)、インターネットケーブル、電話線、TVアンテナ線
    埋め込み部 35元、 露出部 25元

  • 配水管
    アルミ・樹脂複合管 80元
    樹脂管 100元
    銅管  120元

  • 排泥管
    4cm管 200元
    2cm管 120元

  • 換線
    仮電線を取り替える手数料 15元/m

当然ながら始めは契約書のこの項を見ても何のことかさっぱり分かりません。工事が始まって実際目にしてからやっと気づくのです。
情報交換している人のところの単価などを聞くと、項目により高い安いはありますが似たようなものでした。


この頃はまだ人民元切り上げ前。1.0599と今の1.012程度と比べて非常にいいレート、いい時代でした。銀行での両替は初めてでしたが言葉がけっこう分かったのでほっとしました。
ただめんどくさいのと時間がかかること。番号シートをとって順番を待つのが結構長い上に手続きも長い。覚悟を決めて行かないと...



運び込まれた機材 - 電動のこぎり、コンプレッサー

水電工。この男性、ブレザーが作業服のようでいつもこの格好で作業を








予定表も張り出されました



外では造園中




2006.11.06     カテゴリ:  深圳内装日記2004-2005 

   Photos 香蜜山


Photos 香蜜山






















大雨







動画



2006.11.07     カテゴリ:  香港在住日記1996-1998 

   香港初在住日記(36) 中国東莞工場へ (1996.12.6 - 12.11)

【36】  1996年12月6日(金) - 12月11日(水)  中国東莞工場へ

12月6日金曜日から12月11日水曜日まで中国工場でカスタマーを交えて電子設計の仕事。
結局、日本から来たカスタマーのわがままに付き合い、休み無しの上、ひげそりの具合が悪く、帰る頃には電気シェーバーでは剃れないくらいにひげぼーぼー。みんなに笑われる。ちょっと前にも中国工場からひげぼーぼーで帰ってきた人がいて奇しくも同じ状態で照れ笑い。

出張期間中に技術部の移動の話があった。香港には数名を残して中国工場に移動するというもの。9日に香港で発表された。
僕は香港にしても中国にしても同じ外国だし、香港に来る前から中国での工場生活は別の会社で体験済み。しかもこの工場よりははるかに環境は悪い。なのでどうという思いもないが、香港人はどうなのだろう。
聞く所によると、中国工場の工場長(日本人)は露骨に香港人を馬鹿にした言動をとっていてそれを香港人も知ってるようだし。


香港返還を半年後に控えたこの頃の香港はほんとに激動期で香港人の先行き不安は想像を絶するものがありました。普段はあまり顔に出さないのですが、何かある時は不安そうな表情を隠すことはありませんでした。

日本で仕事をしていた頃、ある日本人は香港人に香港返還をどう思うかと感想を求めていました。始めは普通の表情で返事をしていた香港人も、だんだん顔が不安に変わり話題から逃げようとしているのにこの日本人、かまわずどんどん問いかけているのにはちょっとびっくりしました。
この日本人は相手の香港人の顔の変化に気がつかなかったのでしょうか...

この頃は安い人件費を求めて中国に工場を造って香港人を数名送り込む、という方法をとる会社が多くありました。今回のように中国工場移転、という部署では多くの香港人が会社を去っていくことが多かったのです。私の知り合いの日本人のところでは、異動先として深圳のど真ん中、環境としては申し分なく、さらに通勤には香港から通えるよう社用車を用意していたのですが、それでも香港人の95%がやめたということでした。

今もなお、不安から中国に行くのをいやがる香港人がいます。これにはちょっとびっくりします。

2006.11.08     カテゴリ:  香港在住日記1996-1998 

   香港初在住日記(37) 香港の日本人事情いまむかし (1996.12.11)

【37】  1996年12月11日(水)  香港の日本人事情いまむかし

僕より先に香港で働き始め、僕が香港で働くきっかけを作った大阪時代の友人と、彼が香港で知り合った人と3人で香港今昔物語を聞く。
友人の友人は以前この会社で働いていて今は別の会社にいる。彼はかなり早くから香港に出てきたようす。

彼の話では、香港には昔は日本人も少なく言葉で苦労しながら仕事をしていた。たまに同じ日本人を見かけたら、肩書きにかかわらず仲良く話をしたが、今では日本の大企業から大挙して香港にやってきては日本流のやり方で、言葉も日本語しか話さない人も多いという。日本にいるのと同じだと。彼はせっかく日本のやり方とは違うものを求めて香港に来たのにと言う。

結局は現地企業と言っても、日本人起業の会社、日本の風習は抜けないということか。
僕も雰囲気が違うだけで、善し悪しは別にしてやり方の基本は日本と同じなのを感じて少し悩んでいたので...


香港人宅のホームパーティーで



今日はちょっと重い話。日記には8ページにわたって自分の考えと共に綴られていました。
読み返すと当時はまだやっぱり国民性についての自分の考察が今より劣っているとはっきり感じます。今の自分の常識がこの当時はまだ成立していませんでした。

昔、日本にいた頃、日本のポイ捨てをやめようという広告のキャッチコピーに「みんな見てるんだよね、ほんとはね」というのがありました。
これは日本人の国民性をよく表現しているような気がします。

最近ではウエブで聞く日本のラジオ。これのトークプログラムがけっこう役に立ちます。本音の話のように思えるからです。
この前あったのが、吉本タレントのトーク番組。
「年をとると勝ち負けにこだわるようになるなあ。今までは適当で良かったのが白黒はっきりさせたがる」
おお、なるほど。最近私の周りの日本人の不思議な行動がこれではっきり理解できました。勝ち負けという問題ではないだろうと思えることもなんかこだわって意地を張ってるように見えてたので。

私の心は標準的な日本人ではないようなのです。
早い話、私は日本にいると少数民族のような感じなのですが、こちら、中国・香港にいると多数民族になった気がします。気分が楽・・・
ストレスもぐっと減りましたし、生活費は安い・・

反対に、中国、香港に来ると少数民族になる人も少なくありません、と言うか、日本人の場合、こちらの方がずっと多いようです。もちろんどちらにも対応できるという人もいます。

なので、こちらに来て3年ぐらいして中国、香港に対して決定的な愚痴を言う場合は早く決断する方がいい、と言うのが今の私の結論です。

2006.11.10     カテゴリ:  深圳内装日記2004-2005 

   中国深圳初内装日記(36) 内装工事第4日 木材買いだし (2005.1.12)


【36】  2005年1月12日  内装工事第4日 木材買いだし
******* 内装日記 第4日 木材買い出し *******

10時に車公廟駅へ。
設計士と一緒に南山の木材材料店へ。あの現場責任者がバス停で待っていた。黒檀というのが意外に綺麗ではないので変更する。設計士は電話が入り急いで会社に帰っていった。
現場責任者と僕は香蜜山へ。若干の打ち合わせをした後、財富広場で一緒に韓国料理を食べる。彼はマンションと自動車を買ったと言う。

百安居へ。電話線、TVアンテナ線、スピーカー線、ADSL線を買う。他に熱水器のリモート線の追加を頼みに行く。なんか話がややこしかったが結局小魏がリモコンを共用のトイレに抱け設置すりゃイデアのためと解る。2つのトイレにリモコンを設置することを要求する。

設計図にしたがって壁を壊して新たに壁を作ります。そして備え付け家具の作成となりますが、これに使用する木材を選びに行きます。設計では黒檀を多く使用していたのですが、見た感じ、趣味が合わないので別のものを選びました。
あとで分かったことなのですが最終的に塗装工程があり、これで見栄えを調整できます。大工さんはそれらしいことを言っていたのですが、そんなことはしない、と言う情報もあって半信半疑だったのです。

ホームセンターの百安居へ行き、電気工が見積もった長さにしたがって電話線、TVアンテナ線、ADSL用ケーブルを25m~50m買いに行きました。


コンセント用埋め込み配管準備




現場責任者のチェック


壁用の軽量セメントブロック








装飾会社からの工程表をまとめると

① 起工日確定

② セメント工、壁破壊、壁作り

③ 主材料の配送

④ 電気工、水工による施工

⑤ 木工による施工

⑥ セメント工、電気工共同施工

⑦ 塗装

⑧ 小物施工

で②の一部が終わり、③の準備をしたということになります。



彼、現場責任者と話していると日本のバブル絶頂期の不動産屋さんの給料を連想してしまいます。
現場責任者の彼がいつか言っていた給料は2万元でした。実際に内装工事をしている作業員はおそらく2000元もないと思います。設計士ですら3000元程度ですから。それと比較するとこの給料にはたいへん驚きました。車もマンションも買えるわけです。

2006.11.11     カテゴリ:  深圳内装日記2004-2005 

   中国深圳初内装日記(37) 内装工事第5日 システムキッチン設計 (2005.1.13)


【37】  2005年1月13日  内装工事第5日 システムキッチン設計
******* 内装日記 第5日 システムキッチン設計 *******


今日は多くはなかったが久しぶりの雨。深圳の空気の悪さが続いていたので、昨日「雨が降って洗わないとだめかなあ」と思っていたところ。木々の葉の上は土色になっているのでスモッグではなく、黄砂みたいなものかなと思うのだが真相はどうなのだろう。

装飾公司の設計士と香蜜山(マンション)で2時に待ち合わせ。彼女は西門で守衛に止められて入ってこれない様子だった。僕はすでに守衛に顔を覚えられたようだ。このごろは止められることはない。

設計士と共にシステムキッチンの設計のため楽安居、戈蘭迪へ。一応のアイデアが出来ていたが冷蔵庫の問題でもう一度、小魏はシステムキッチンの設計者と共に練り直しを始めた。僕は米箱と消毒槽の装備を要求する。長時間の末やっと決定。僕は少し疲れているようだ。思考能力が減退している。持ち帰って見てみるとちょっと配置変更のアイデアが出た。明日設計士と相談してみよう。
8,500歩

装飾公司はシステムキッチン設計をしません。システムキッチンの会社を選んで設計を依頼します。
装飾公司の設計士は設計するだけでなく、顧客と共に材料などを一緒に見に行っていろいろアドバイスをしてくれます。
12月26日に設計士と共にいろいろなシステムキッチン会社を見て回りました。その後、システムキッチン会社を選んでおいたので、この日、設計士と共に設計を試してみることになったのです。

システムキッチンの場合、まず、内装無しの部屋の寸法に基づき仮設計を行い、キッチンにタイルが貼られたあとの最終状態でもう一度寸法を確認して最終設計、そして設置となりますので、今回は仮設計段階、まだまだ時間があります。


材料が着々と運び込まれてきます。





コンセントの準備




昨日見に行った木材が運び込まれました


設計士(女性)と現場作業者との打ち合わせ




仮設計されたシステムキッチン。その場で設計、そしてプリントアウトしてくれました


さらに見積もりも


2006.11.13     カテゴリ:  趣味・興味 

   中国カラオケ・日本人向けカラオケと中国の仮宿舎


中国カラオケ・日本人向けカラオケと中国工場の仮宿舎
2006年 11月 13日

今はもう行くことはなくなりましたが、以前は時々友人に誘われてはけっこうカラオケに行っていました。
1996年8月に香港で就職し香港で働き始めたのですが、当時の香港企業は中国に工場を造って製造を香港から中国に移行させる過程にありました。それ以前も中国に工場は造られていたのですが製造のみで、技術部とか間接部門は香港にあることが多かったのですが、徐々に重要な管理部門だけを香港に残してあとは全部中国へ引っ越し..という流れになってきていました。香港と深圳の経費の格差はそれほど大きいものだったのです。

で、私も香港人達と共に中国工場に留まることが多くなりました。工場はたいがい辺鄙なところが多いので、会社が宿舎を用意していますが、香港のマンションとはやっぱり差が大きいです。


とある中国工場の宿舎のリビングと部屋。この時代の会社ではありませんが・・




別の会社の中国工場の宿舎


  


私はあまり気にしない方ですが、香港人達はそのためなのか、夜の自由時間を外で過ごすことが多いのです。
私はカラオケというもの、そんなに好きではありませんが歌は好きなので日本にいる時から中国語の歌をよく聞いていて、歌える曲も20曲程度はありました。そのためなのか、香港人達がカラオケに行く時、よく私を誘ってくれまして一緒に近くの中国カラオケに出かけました。もっとも周りに何もないところだったので近くといってもタクシーに乗ったりしたわけですが...

その後、再び香港を中心に働くようになった2000年頃は深圳に住む日本人に誘われ、深圳にある日本人向けカラオケに行くようになりました。
そして2002年末から行かなくなりましたので、情報は古いのですが...



中国カラオケも日本人向けカラオケも両方とも1人の女性が横に座り、彼女と前のステージになったところで一緒に歌を歌ったりします。思うほどいやらしさはなくけっこう明るく楽しめます。

なじみになった女性とカラオケが始まる前に一緒に食事をしてからカラオケへ行く人もいます。日本人用カラオケの近くには多くの場合日本料理屋もありますが、ここでカラオケの女性と食事をすると女性に15-30%のキックバックのあるところも多く都合がいいのです。

値段的には当時の相場は日本カラオケの場合1日300元。ビールやつきだしなどこみですので、特別なものを頼まなければそんなに高くつくことはありませんでした。

今から思うと俗っぽい中国語、それに中国人を知るのにはなったと思いますが、やっぱり無駄遣いという感じがしないでも・・・
一般的に技術屋さんはこういうところが嫌いではないが苦手と思う人も多いのではないかと思いますが、私がその1人になのでしょうね。何か目的があるか、覚悟を決めないと一人で行くことができませんでしたから。
(写真:日本人用カラオケ店で 2001.9.30)




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