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2006.08.01     カテゴリ:  香港在住日記1996-1998 

   香港初在住日記(9) Phone Banking (1996-9-9)

【9】  1996年9月9日(月)  Phone Banking

会社には、香港人、日本人、韓国人、アメリカ人、日系アメリカ人の社員がいてとかなり変化に富んでいました。

さて、この前開設した銀行口座「PowerVantage」の電話バンキング。電話をかけると言語の選択から始まり、口座番号、暗証番号を入力、それから大メニューがあって番号を選択、さらに詳細なメニューに進んでいきます。暗証番号は銀行から郵送されてきてこれをすぐ自分で変更します。(写真:送られてきた暗証番号。当然のことながら口座番号など他の情報は書かれていません。写真をクリックすると大きくなります)

今はインターネット・バンキングが主流なので、英語がわからなければ辞書を引きながらやっていけてわかりやすいですが、電話の場合、「専門英語」も多いようで、ただでさえ英語には泣かされているのに最初からはわかりませんので、何回も始めから電話をかけ直して耳の訓練をしていきます。銀行でもPhone Bankingのメニューカードをもらっているのですが、実際と少し違いがあるのです。たぶん変更されているのでしょう。

ともあれ、これになれておけばあとで楽ができるだろう、という思いと自分の興味で続けていくことになります。それに日本からでも電話で操作できるし。





10時から会議。思っていたとおり英語で進行。英語もさることながら社内用語もわからない。会議終了後、内容を教えてもらう。

帰宅後、はんだごてを買う。ステレオがおかしいので修理するつもり。買った店では英語と北京語のチャンポンで話すので「Are you Japanese?」と言われる。ここに住んでいるのかと聞いてくる。こちらは大阪のようにいろいろ気安いのがいい。

電話でPower Vantage の練習をやってみる。
なかなか難しい。何回目かのトライでやっと円の相場を聞き出すことができた。続いてインフォメーションの言語の変更。これは一発でうまくいった。中国語に買えてみる。やはりまだ英語の方がわかりやすい。と言っても理解できないのは同じ。PIN NO.の変更もこれでできるはずだ。これは実演しないでおくつもりだったが変更した。しかし後の項目はわからない。また後日。

2006.08.02     カテゴリ:  香港在住日記1996-1998 

   香港初在住日記(10) 英語の初レッスン (1996-9-10)

【10】  1996年9月10日 (火)  英語の初レッスン

今日は初めての英語のレッスンがある。何も勉強していない。
教室は13号室だが、まだ前の授業を行っているので図書室を見学する。蔵書の他にビデオテープやCDなども置いてあるがあまり興味がわかない。必要に迫られて英語を勉強するためだろうか。英語はどこでも幅をきかせているのを痛感しているから。
いつの日か再びアジアの時代が来て少し英語の習慣を残しながら英語ではないアジア共通語のようなものができるのだろうか。もしできるのなら中国語は可能性が強いかも知れない。人口も経済も他のアジア地域を圧倒しているし。

 
日程表。11月初旬までが1タームです。
これが終わると先生が判断して昇級かどうか決定します
授業は4つのテーブルに5-6人ずつ座って行われた。まず先生が説明、後、テーブル単位の人々がお互いに会話を交わす。単語は簡単なのだが言葉がすらすらと口に出ない。何か、こんなことで上達するのだろうかと思う。とにかく2ヶ月間(1ターム)続けてみよう。国籍がいろいろかと楽しみにしていたが、香港人が多いようで多少がっかり。隣のAndyは東南アジア系の顔と思って聞いてみると香港人だった。何か家具のセールスマンをしているらしい。31歳。若く見える。やる気満々だ。僕より単語量は少ないがすらすらと言葉になるようだ。
今日の授業をふまえて勉強の方針を。



日本や東アジアは太古から中国文化圏に入っていて、多かれ少なかれそれによって感覚、価値観に影響を受けています。

ちょっと気になる1つに数字があります。一般的に3桁区切り。読みやすくコンマをつけるはずなのに日本も中国も4桁区切りの言語ですので、3桁で区切ってもやっぱり単位がわかりにくいのです。かといって4桁区切りにするとお金に絡んだときなど、誤解を招いて問題が大きくなる可能性があるので度胸がいります。

mm-m-km、mg-g-kgなどと単位系も3桁区切りになりますし。
1000kgは本来なら1Mgになるはずですが、ヤード・ポンド法の1トンが1016kgで1Mgに近いために1Mgを1トンと呼ぶのだそうでちょっと規則からはずれています。アメリカでの米トンとイギリスのトンでは重さが違うのでさらにややこしいです。

8cmCDもアメリカでは3インチ(7.6cm)CDといいますがこれと似た発想ですね。ちなみにCDはSONYとPHILIPSで規格が定められて単位はmmが使われています。

小学校の時、3桁と4桁区切りの方法があると先生から教わり、私は4桁区切りを使ってましたが世の中は3桁区切り、次第に受け入れるようになりました。
でも今でもこちらでは4桁区切りを使用するのがいいと思っているのです。

著作権にしてもアジア系と欧米系の価値観が大きく違っているように見えますし、いつかアジアがまとまってアジア独特の決まりができていけばよいと思っています。



2006.08.03     カテゴリ:  ハプニング 

   【ハプニング】 香港の病院、日本の病院、町医者


香港の病院、日本の病院、町医者

(2006.7.30)
深圳に来てからはまだ病院とは縁がないのですが、9年間住んでいた香港ではたくさんの縁がありました。

香港の町医者というと、ちょうどアーケード街に店を出すような感覚で小さな町医者がいたるところにあります。マンションであれば貸店舗になっている1階部分にクリーニング店とか小さな雑貨屋とかに挟まれてテナントみたいに開業していますし、チェーン店みたいな町医者もあります。香港に来た時初めてこの町医者を発見した時は驚きというより、「だいじょうぶかな・・・」というのが正直な感想でした。

診察には身分証を提示する必要がありますが、事情のある人には無理に提示を迫るようなことはありませんでした。おそらく入境管理事務所に連絡することはないのでしょう。このへん、人道的な立場という建前があるように思いました。



ある診療券
風邪で行った時

医者 「どうしたの?」
私  「ちょっと風邪をひいて・・」
医者 「はい、わかりました。これで薬をもらって...」

以上15秒で終了。触診もないし、これなら薬局でいいのでは...



脇の下に異常を感じて鏡で見ると少し腫れていましたが、さわらず清潔にしておけば治るだろうと思ってたら、だんだんひどくなってきてとうとう町医者に行きました。
ここは香港人の友人に紹介してもらった医者で九龍湾の商業ビルの中の一角にありました。普通よりも大きいスペースの所。ここでは傷口を絞って少し膿を出してくれて塗り薬と飲み薬をくれました。1週間後また来なさい、状況次第では切らないとだめですよ、とのこと。

帰りに町の薬局でガーゼと絆創膏を買い、1週間塗り薬と飲み薬を服用、1週間目に再びこの医者を訪れた時はかなり良くなっていまして、これは私よりも医者が喜んでいました。 『この治療がこれだけ効果があるとは..』みたいな感じでした。
結局1ヶ月足らずでようやく完治したのですが、実は背中にもう1つ同じようなものがありました。こちらの方は全く痛みもなく医者も痛くなければそっとしておきなさい、とのこと。 これが今回の物語の主人公になろうとは全く思わずに...



まず日本で
背中のできものが少し大きくなってるような気が....痛みはないけど背中でこぶみたいになったとしたら、なんかかっこわるいし。ちょうど帰省した時に日本で皮膚科の町医者に見てもらいました。

「痛みはありますか?」
「ありませんけど、手術で切ってしまうことはできないのですか?」
「切ることはできるけどなあ......」

と、お医者さんはのり気ではなく、まださし迫っていないこの時は放置して香港に戻りました。

そして香港
そして香港に戻り、マンションの引き渡しを2ヶ月後に控えたとある日曜日、マンション探しによって知った沙頭角のイミグレから深圳に入ってサウナに行きました。そのときのマッサージでできものをかなりいじくったのか、その土曜日かなり痛くなってきたため、車を持っている香港人の友人に頼み病院に連れて行ってもらいました。

この時は、彼の紹介でほとんど香港の北端、粉嶺というところのマンションに住んでましたので上水にある北区病院の救急へ。
 ここは香港IDがあれば一律100香港ドルでOKとのことで、IDカードを持たない人は一律500香港ドルの医療費となります。以前はIDカードを持っていれば無料だったらしいのですが、多数の人が訪れるので100香港ドルを取るようになったとのことです。

2時間近く待って問診。数年前からできていて痛みはなかったが最近痛くなった事情をたどたどしく話しますと、薬2種類を5日分と痛み止め2日分を出してくれ、薬を飲みきってまだ具合が悪ければまた来るようにとのこと。驚いたことに1年後の予約票をくれました。さすがにこれには香港人である友人も唖然...

数日後の深夜に痛みが最高潮となり、翌日、日本語ができる助っ人を頼み再び北区病院へ。
やっぱり2時間近く待ち、結局切ることになって、しばらく後に手術室へ。手術は女医さんでした。始め看護婦さんと間違ってたました。失礼!
麻酔はしてくれたけど、そんなに効いていると思えず、痛くて痛くて...悪夢のような40分。もう終わりかと思えば、彼女は意外なように、「まだある、まだある」と独り言を言いながら膿をどんどん絞り出していました。「まだある」というのは広東語でしたが北京語からなぜか類推できました。「ハイヤウ、ハイヤウ」。
でも切ってほっとしました。これでこぶから解放されるはずでした。

次の日から毎日傷口を洗うことになりますが、これはどこの診療所でもOKとのことで、私のマンションの近くにある診療所をいくつかピックアップしてコピーをくれました。
この時も手術費、薬代も全て込みで100香港ドル、1500円。


 

背中に膿(abscess)と書かれた治療票(Treatment sheet)。これを持って診療所に行って傷口の手当をしてもらう


その後、1ヶ月あまり診療所へ通いました。毎日17香港ドルの治療費。始めの1週間のガーゼ交換は地獄。おまけにまだ膿が残っていたようで大きな注射器のようなもので吸い出していました。もう来なくて言い、と言われた最後の日はほんとうにほっとしました。

しかし...彼女は何か傷口に穴があると。もう一度病院で見てもらう方が良いと言っているようでした。はあ....ため息。

でも春節も近い、日本へ帰った時に日本の病院へ行ってみようと決めました。日本に帰ってから、意外な結末が....





2004年11月18日に切り12月24日、診療所通いの最後の日になりましたが、実は最後の日の10日前、診療所では私の背中を見ながら数人の人が協議をしてて、穴があるけど、たぶん問題ないとかややこしい話があってずっと頭に残っていました。無理して鏡で見るとみにくい傷口が...
そして翌年2005年2月2日、春節の帰省時、日本のあの地元の皮膚科の町医者へ行って診てもらいました。

ふたたび日本へ
先生は即座に治療法が間違っている、と講釈。紙に書いて説明してもらうとよくわかります。どうやら膿のできものではなかったようです。ならば治療方法ですが先生はとりあえず薬で様子をみましょうと。手術すれば1週間で治るというので、私は手術してほしいのですが...
先生は皮膚科のいい先生と感じてはいたのですが過去のことも考えると、理由はわかりませんがどうも手術をいやがっている気がします。で、無理に手術をしても、という気があり、しばらく薬治療をすることに。

家族に助けてもらいながら数日続けると、家族は「状況がはっきり変化しているけどほんまに治るのかいな...」とつぶやきました。で、即座に決心しました、医者を換えようと。

次の日の月曜日、久方ぶりにこのあたりでは一番評判の良い天理病院へ近鉄電車で。
形成外科というところで診察してもらうと、
「これは薬ではここまでですよ、手術で切り取ってしまわないと完治しません」
「んんんん!!!!」

組織が残っているとまた再発するのだそうです。
なるべく早く手術してほしいと頼むと、こちらの事情を考慮、金曜日に手術室の空きを見つけて予約を取ってくれました。
ここは天理教が建てた病院で地方からの短期滞在の信者の患者さんも多いのでしょう。帰省中の私のようなものの手順をよく心得ていらっしゃいます。
ではこれでほんまに治る!!と信じて...




天理病院の新しい外来病棟。コンピュータ管理が行き届いて内部の情報伝達が早く手続きがスムースになっていてびっくりしました

手術は簡単で、麻酔もよく効いていて全く痛みを感じません。香港の地獄は何だったのでしょう。それにしても手術室がずらーっとたくさんたくさん並んでました。

麻酔が切れる頃は痛いかなと思って覚悟していたら、我慢できないほどでもなく、もらった痛み止め薬を使わずにすませました。昔はもっと痛かったように思うのですが。医学が進歩してるのでしょうか。

そして1週間後、手術の糸を抜いてめでたく終了。切り取った部分はすでに検査してもらっていて、癌とかの悪性ではなく良性でした、と報告を受けました。やれやれこれでやっとほんとうに終わりました。この「こぶ」と5年ぐらいのつきあいでしたから。

思い切り風呂に入れるぞ!!!考えれば11月から3ヶ月以上、背中に気を遣いながら風呂に入っていました。なんか長年の便秘が治ったみたいにすーっとしました。

香港の病院、日本の病院、町医者
終わり




で、この病名は「表皮のう(嚢)腫」といい、ホームページの絵にあるように皮膚が内側にめくれ返って皮膚の内側に皮膚の袋ができるもののようです。
皮膚は1ヶ月周期ぐらいで新しくなり古いものはアカとなって落ちていくのですが、このアカがめくれ返った袋にたまる、というもの。これが何年もたまっていたのですからそれはたくさん出てくるでしょうね。先生が「そら、そんだけ時間が経ってたら、ぎょうさんたまるわ」と笑ってました。

で、日本ではすぐ表皮嚢腫とわかったのに、どうして香港ではあれだけ先生が立ち替わりやって来たのにわからなかったのか、というのが考えさせられるところです。確かに香港は救急の先生、日本ではいずれも専門医なのでその辺の違いがあるのかも知れないのですが...もう少し考えて頭の中で非常事態に備えようと。
ただ香港での動きは良かったし、システムも整然としてて気持ちが良かったし、顔なじみになるとみんな親切でしたし。

それにしてもあの町医者、一番最初に相談に行った時、彼が切っておいてくれてたら香港の苦しみもなかったのに。病名もみんなわかっていたのにどうして...
おかげで香港に戻る日を延期、航空券も無駄になった....愚痴でした。

2006.08.04     カテゴリ:  深圳内装日記2004-2005 

   中国深圳初内装日記(8) マンション主催の内装展示会 (2004-8-21)


【8】  2004年8月21日 (土) 雨 マンション主催の内装展示会
どこでもマンション購入というのは人生の一大事業でしょう。投資目的でない普通の人にとって内装工事というのはおそらく初めての人が多いのではないでしょうか。

マンション側も購買者に対して内装関係の説明会や展示会を幾度か開催しています。
案内は携帯電話のショートメールで送られてきます。


昨日、香蜜山マンションから携帯電話ショート・メールで21-29日まで内装関係の催しをするとのことだったので香蜜山へ。皇崗から325路のバス。

まず雨の中、建設の進行具合をチェック。雨なので周りの緑がめちゃ瑞々しくて美しい。でも靴は雨でびしょびしょ。
マンションの会館にアスレチックジムとサウナがあるのに気がついた。プールとか、やっぱり入場料は取るのだろうな。

内装の展示はほんとに写真の展示だけの簡単なもの。名雕装飾と永安装飾の写真の展示がある。永安の設計者(だと思う)が数人セールスに来ていた。連れだって彼らが用意した車で彼らの事務所に行く(景田路)。好みの内装方法などを話し合い、見積もり、計画表などを彼らが提出することで今日はお開きとなった。
名雕の彼女にも見積もりをとってもらった方が公平。気持ち的には名雕の彼女の方が細かい所まで気を配ってくれそうだ。

近くの喫茶店でご飯を食べてから同じく325路で帰る。初挑戦のこのバス、樹脂のシートで堅いけど、すごく早く皇崗に着いた。
9,500歩

サウナ
 

ジムとプール
 


2006.08.05     カテゴリ:  深圳内装日記2004-2005 

   中国深圳初内装日記(9) 造園中 (2004.8.28)


【9】  2004年8月28日 (土) 雨 造園中
造園中のマンション内の庭が公開されていた。本当に山地の生活をテーマとして造られていた。作り方がちょっと遊園地っぽくないこともないがいい雰囲気だった。入居してからしばらくは遊べそうだし、客が来たときにもよい。しかし先週に引き続き雨。
今日の目的である写真撮影。経験的に制止されると思い、なるべくわからないようにしたが見つかった。プールで撮影していたとき管理人が大急ぎでやって来て制止した。
10,500歩









一般に香港や深圳のマンションは周りを塀で囲まれて一般の人は入ってこれません。で、マンションの庭園は住人のプライベート庭園です。
香蜜山マンションの特徴は小さな丘を平地にせず、そのまま利用してマンション造りをしたことで、塀で囲まれたマンション内には起伏が豊富でそれを利用した造園になっています。年をとったらちょっとしんどいマンションかも知れませんが毎日トレーニングができると考えることもできます。実際、庭園を3週ぐらいすればけっこうなエクササイズになります。

2006.08.06     カテゴリ:  趣味・興味 

   パノラマ写真 - タイトル画


パノラマ写真 - タイトル画
2006年 08月 06日

 このブログで数多く掲載しているパノラマ写真は数枚の写真をつなぎ合わせて作っています。

 「Panorama maker」 というソフトがありこれを使うと自動的につなぎ合わせてくれます。つなぎ目をチェックしておかしければ手動でつなぎ合わせを指定できます。左右だけではな く上下のつなぎ合わせ、それに上下左右のタイル張りにも使用できるものでニコンのデジカメに付属していました。バージョンが新しくなって見違えるほど仕上 がりが良くなりました。

 Panorama maker3で基本のパノラマを作成したあと、「Photoshop 」というソフトでトリミングや若干の回転補正を行い、つなぎ合わせ部分を必要に応じて修正します。これで原画のできあがりで、あとはPhotoshopかフリーソフトの「 DownsizeAll」というものを使って750ピクセルに縮小しています。

このブログのタイトル画はこれで3つ目。初めのはトリミングでしたがあとの2つはこれらのソフトを使ってパノラマにしています。(パノラマ写真をクリックすると大きい画像になります)



 歴代のタイトル画
1. 深圳中心公園から見た夕日の景色。1枚の写真を上下トリミングして、少し色調補正をして作っています。


2. 深圳中心公園からの景色を5枚の写真をつないでパノラマにしています。


元画5枚


3. 蓮花山公園から見た深圳中心区。真ん中に新しい市政府、市民中心があります。左の方に見えているマンション群は 35階建て程度、中心区の規模は壮大です。整備工事継続中。


元画4枚



タイル
蛇口の友人宅からの眺め。
これは左右に4列、上下に2行、合計8枚の写真をタイルとしてつなぎ合わせ。ただこれだけの枚数になるとちょっと難しく、上下左右別々に作成しました。


元画8枚


2006.08.07     カテゴリ:  生活 

   散髪とマッサージ


散髪とマッサージ
2006年 08月 07日

深圳。最近の散髪屋はおしゃれな店もたくさんできてきて、サービスも少しずつ変わってきています。
田舎にある従来の散髪屋。歴史的な背景は知りませんが、従来の中国の散髪屋は普通マッサージもやっていて、散髪とは別にベッドが幅の狭い並んだ部屋があります。2人部屋になったところや個室になったところもあります。

散髪は先に頭を洗います。これには普通椅子に座ったままで上半身だけ20分程度のマッサージサービスがあります。
頭をカットする時は洗髪の後にカット専門の人がカットしてくれますがすごくあっさりしているところもあります。髪を櫛ですきながら、はさみでなく電気バリカンでジャー。ということも多く、はさみでカットするという店は少なかったのですが...

値段ですが洗髪10元、カット5元の15元というのがだいたい最低価格ぐらい。洗髪は簡単なマッサージ付き。
私はあまり散髪に価値を見いだしませんのでなるべく雰囲気が良くて安いところを選びます。最近は15元の所は行くことも少なくなってきてだいたい40元程度のところが多いですね。40元程度だと店は新しくてきれいですし、カットもはさみでやってくれます。


宝安の工場前の散髪屋
別室でのマッサージはたいがい1時間30元、2時間50元というのが一般的で、洗髪、マッサージは湖南省、四川省など出身の若い女性が多いです。彼女らの給料は歩合給で洗髪10元の内2-3元を、マッサージ30元のうち8-10元をもらいます。
で、私の場合、マッサージが良かったら1時間あたり10元のチップをわたすことに決めています。マッサージ中うとうとして寝そうになることもあるのですが、この時に手を抜く人もいますのでこういう時は当然チップなし。

たまに町で見かける簡単な散髪屋さん、木の枝に「理髪」と書いた札をぶら下げ、折りたたみの椅子を置いて露天で散髪をしている時もあります。私のマンションの西門の近くにこういうのが時々あります。近くにはマンションの内装工事をやっているところが多いので、おそらく内装工事をやっている人を対象にしているような気がします。

2006.08.08     カテゴリ:  香港在住日記1996-1998 

   香港初在住日記(11) 初小切手作り (1996-9-11)

【11】  1996年9月11日(水)  小切手作り

台風 - シグナル8
実は9月9日深夜(正確には10日)に目が覚めた時、台風が来ているらしく大風が吹いていました。
私の部屋はマンションの32階、だいじょうぶかと思っていると何となく揺れている感じがします。
気のせいかと思っていたら、天井からぶら下がっているひもがゆらゆら揺れて...感じだけではなく、実際揺れていたのです。少し怖くなりましたが台風でマンションが倒れたというのは聞いたことがないし、揺れなかったらよけい心配かも知れないと自分に言い聞かせて開き直っていました。

香港では台風とか大雨とかが来ると程度を表す数字がテレビ画面に表示されます。1から10まであってこの数字が8以上になると「シグナル・エイト」と呼び学校や会社など休みになります。数字が下がれば登校、出勤しなければなりませんが、便宜上、昼までに解除されなければその日は休みということのようです。実際上1,2,3と8,10の数字は見たことがありますが他の数字は見たことがありません..


今日は小切手作りに挑戦。まず、普通預金口座から小切手が引き落とされる当座預金口座にお金を移さなければなりません。この振り込み(Transfer)を電話ですることに挑戦です。説明書は英語と中国語...

現在のインターネット振り込み画面





電話を使ってPower Vantageの口座から当座への銀行振り込みの方法を会社で香港人に教わる。
帰宅後、電話の自動メニューでPower Vantageの振り込みをやってみる。失敗した。確認すると小切手の当座預金には0と言うアナウンス。別の口座に振り込まれたようだ。外のATMで確認に行くが操作がわからず、ひとまずマンションに戻って説明書に挑戦。電話で確認しながら再びATMへ。
今度はわかった。振り込む口座が預金の方に登録されていた。電話振り込みを行なった時、このせいでおかしくなったのかも知れない。再び当座預金に振り込みを試す。うまくいったようだ。当座預金残高を確認するとうまくいっている。家に戻って電話で残高照会をしてみる。うまく入っていてほっとする。
これで小切手が作れる。今日、会社で小切手の書き方を教えてもらった。管理費の小切手を作成する。N座の管理人が今日いないので明日わたすことにする。
今日は少し成果があった。英語の予習もしておかないと。とにかく銀行も英語も疲れる。

家族からの手紙が2日で香港に届いた。「9月9日12時-18時」の消印のものが今日11日、マンションに帰ったら届いていた。信じられない。こちらから書いた手紙は1週間ぐらいかかって日本に届いたらしい。

本来なら電話だけでATMへ行く必要はないのですが、練習と言うことで電話とATM双方で確認したため、自分の部屋と外のATMを何回も往復したのです。以後は電話だけで処理。

小切手に金額を書き込む方法は英語で綴る方法と漢字で大字を使う方法があります。始めは教えてもらったとおりに英語で綴っていたのですが大字の方が書きやすいので大字で書くようになりました。でも香港人は英語で書く人が多いみたいで大字を使っていると「すごい!」と言ってました。

1234香港ドルの場合、英語だと
one thousand two hundred thirty four only
と最後にonlyをつけます。

大字では
壹仟貳佰叁拾肆元正
と日本では最後の「也」のところに「正」をつけます。

壹貳叁肆伍陸柒捌玖拾佰仟と日本とほぼ同じですが7が違っています。日本では「漆」と書きます。

2006.08.09     カテゴリ:  香港在住日記1996-1998 

   香港初在住日記(12) 日本製 (1996-9-14)

【12】  1996年9月14日 (土)  日本製

今日も少しPower Vantageで遊んだ。
今日はずっと雨が降りっぱなし。小雨程度ならたまにはいいが。傘を買う。30香港ドル。けっこう安い。露天でなら20ドルで売っていたが品質が気になって普通の店で買った。露天のものは「ジャンプ傘」と日本語で書かれていたが袋に書いてあるだけで実にインチキくさい。3段の折りたたみ傘でジャンプ傘というのはおかしい。

それにしても香港は家庭用品、オーディオ、何でも日本製が多い。しかしこちらのものを買うと確かに日本製を買っておく方が安心できることはよくわかる。品質がまるで違う。だから香港製(らしいもの、中国製、その他製かも知れない)のように見えても、訳のわからないカタカナやひらかなの入っている物が多い。日本製みたいだと売れるから?
でもこれだけの製品を作っている日本が、日本人となるとあまり好感度がないような・・・


放映権を獲得して1999年に放映された「GTO」

日本製品がよいのか「もどき」の製品も多く見かけます。
「もどき」のまかり通る分野と「もどき」が極めて少ない分野があるので慣れてくるとポイントが絞れてきます。


香港の100均ショップみたいな店で。『洋服ダシス用』『防虫劑』『安心御用ください』など日本人が見ればすぐ...



コンピュータ街で。デジカメ用リチウム電池。文章は違和感ないですが日本語の字体がヘン。
ただし問題なく使えてます。100香港ドル(1500円)

香港で売られている物を見るとほんとうに日本製の影響力はすごいと思います。先人達が苦労をして品質の日本製というのを浸透させてきた結果だと思います。
香港でもやっぱり一目置かれているなというのは感じることができます。いろいろだまされたとかいう話は別にして、この点、いい思いを感じている人も多いのではないでしょうか。

「アメリカ系の企業で働いていた頃、英語が下手だったために香港人に軽蔑されるのを感じていた」と話してくれた日本人もいました。その人、この頃は香港人にも英語がすごいと言われるようになってました。

辛かった出来事、2000年8月。
友人の香港人に家庭パーティに誘われて行ったことがあります。集まった十数人の内、日本人は僕だけでした。
子供がいたので数少ない広東語で話しかけたりしたのですが、なかなかなついてくれません。そんなときある香港人が教えてくれました。「この子の住んでるところは日本人が多く、彼はいつも日本人の子供にいじめられている」と。

親が子供の前で香港人を軽蔑するようなことを言っているのだろうと想像できるだけに、腹立たしく、辛かったのです。
一生懸命に彼に話しかけたりしている内に、最後の方になると少しうち解けることができたように思えたのがなぐさめでした。

日本人が、中国人、香港人のことをあからさまに軽蔑するような態度をとる光景を何度か見ています。こういう人たちの態度も中国人、香港人に悪い日本人観を植え付けているのかも知れません。

せっかく先人の築き上げてきた信用を台無しにしないためにも、こういう点、まじめに生活したいものです。
「日本製」の話題からちょっと脱線しました・・

2006.08.10     カテゴリ: 奈良帰省日記 >  奈良帰省日記2006 

   【奈良帰省日記2006】 | 2006.3.16 | 奈良~薬師寺


奈良帰省2006 | 2006.3.16 | 奈良写真 奈良~薬師寺


春節の帰省中に撮った写真です。
薬師寺までは自宅から自転車で10分の距離でしたので中学校時代は夕方にはよく自転車で遊びに行きました。現在とは雰囲気が全く違っていますが、1250 年前の東塔を見ながら当時の様子を想像していました。中国との結びつきのある遺産を日常多く目にする私の大切なふるさとです。ふるさとは遠きにありて思う もの...
写真は全部拡大できます。




奈良












薬師寺付近


薬師寺








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